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憧れの存在は目指さない方が良い理由

なかなか衝撃的なタイトルと感じた方もいらっしゃるかもしれませんが、

これは私の実体験を元にした投稿です。

どういうことかというと、一般的には「憧れの存在を目指して頑張ること」は推奨されると思います。
メンターと言って、自分の師匠的な存在を見つけて、それを目標に頑張る。
日本でも「師匠」「弟子」という形で同じような考え方があります。

もちろん、初期衝動として「憧れの存在」を持ち、それに向かって精進することは素晴らしいことです。

しかし、ある一定のレベルに達したら、憧れは手放したほうが確実に伸びると私は思っています。

 

以下その理由を述べていきます、今何かにチャレンジしているけど伸び悩んでいる方いますよね?そういう方にはきっと参考になると思うので

是非最後までご覧ください。


私はいわゆる「ゴッドハンド」と呼ばれる、有名な徒手療法の先生に4年間技術を教わってきました。

私をある意味で絶望から救ってくれた人でもあったので、当時は本当に強く憧れていました。*その件についての投稿

余りに憧れが強すぎて、施術中にお客様にも
○○先生のセミナーで新しく習った技術なんですよ」
とよく自慢話をしていたものです。

しかし、ある時から
「このまま先生の元で学び続けていて良いのか?」
と思うようになってきました。

というのも、先生の方針で、受講生が技術ではなくセミナー参加回数でランク分けされるようになったからです。

そうなると、お金を多く使った人が上位になり、
いくら技術を磨いても意味が薄いのではないか?と感じるようになりました。

 

また、先生の教え方の特徴として「技は見て盗め」的なところがあって、とにかく「反復練習」で技術習得させられました。

それは良いのですが、先生は「理論」についてほとんど説明してくれず、後に理由は分かるのですが当時の私はそれを不満に感じ始めていました。

その頃から、以前のように無邪気に
「先生のセミナーで習った技術です」
と言うことにも違和感を覚えるようになりました。

また、先生がよく講義の合間に言っていた
「私以外の先生のセミナーに行っても無駄だよ」
という言葉も、以前は自分のやってる事に自信があるのだな、としか思いませんが、その当時は「きっと自分のところに縛り付けたいのだ」と、以前とは違って受け取るようになりました。


「いつまで先生の元で学ばなくてはいけないのだろうか?」

そんなふうに悩んでいた時期に、
お客様のお一人でプロのピアニストで、たくさんCDも出されていて、私も非常に尊敬していた大森智子さまに、施術中にふと質問しました。

*大森先生より頂いた当院推薦文はこちらからhttps://www.okugawaseitai.com/trainer

「今も誰かに技術を教わったり、セミナーに参加したりすることはあるのですか?」

すると大森先生はこうおっしゃいました。

「私はもう、いろんな先生から技術的なことはほぼ全て学んだの。
だから今は誰かに師事することはないわ」

「私は今、大森智子のピアノを追求しているのよ」

この言葉に、私は強烈な衝撃を受けました。

ああ、こういうレベルの人たちはマインドが全然違うんだ。
だから進化し続けられるんだ、と。

同時に自分のお客様にさえ「先生に学んだ技術なんですよ!」と自慢気に話をしていた事がとても恥ずかしい事じゃないのか?と思うようになりました。

 

だって、自分自身の事を頼りにしてお越しくださっている方に対して

「私の先生は私よりずっと凄い人で、今やってるのは先生の考えた技術です」と言ってるのと同じなんですから…

それならば、私よりもゴッドハンド先生に見てもらった方が良いわ、と思われても仕方がないですよね。


そう言えば、当時の私は施術で困ることがあると

「次のセミナーで先生に聞こう」
「この症例、セミナーで扱わないかな」

そんなことばかり考えていました。

自分で考えるのではなく、
誰かの答えを待っている状態だったのです。

ずっと継続してセミナーに参加している、これは一見すると頑張っているように見えますが…精神的には「怠け者」だったと今なら分かりあます。

しかし、自分自身を追求する人は違います。

自分で方向を選び、
どうすれば進化できるかを自分で考え、
行動していきます。

だからこそ、止まらずに進化できるのだと思います。

これは簡単に見えて実は非常に難しいく困難な道です。



そもそも、セミナー参加回数でランク付けされることに悩んでいたのも


「先生に認められたい」
「誰よりも上手にできると評価されたい」


という気持ちの表れだったのだと思います。

大森先生の言葉をきっかけに、
私はゴッドハンド先生のセミナーに皆勤で通うのをやめました。


そこからは、自分で進む道を決めることになりました。

本やDVD、動画などで学び、
凄い先生がいると聞けば、さまざまな先生のセミナーにも参加しました。

ゴッドハンド先生の物まねではなく、
自分自身の道を見つけるために必死でした。

そうした過程を経て、矛盾するようですが

逆に先生の凄さもより深く理解できるようになりました。


例えば、「系統別・治療手技の展開」という書籍があり、私は著名な理学療法士の先生に進められて購入しました。


世界中のさまざまな徒手療法の理論や技術がまとめられている非常に良い本です。

これを読んだとき、
その多くの内容が先生の技術体系に既に含まれていることに気づきました。

しかも、日本では学ぶ事すら困難なオステオパシーやマリガンテクニック、
フェルデンクライスメソッドなどの技術、知識まで含まれていたのです。

その時にようやく、先生が言っていた
「他のセミナーに行っても無駄だよ」
という言葉の意味も理解できました。

 

それは傲慢ではなく

「自分の技術体系の中にあらゆる手技の要素は組み込まれているんだから、フラフラせずしっかり私の技術を身に付けなさい」

と言う意味だと今は解釈しています。


しかし私は、そこに安住することはせず(と言っても、既に4年以上学んでいました)
困難ではありますが自分自身のスタイルを追求する道を選びました。

そして「トータルコンディショニング研究会」を立ち上げ、
同業者同士が知識や技術を共有し、切磋琢磨する場を作りました。

これまでに実施したセミナーや勉強会は200回近くになります。

徒手療法、ボディワーク、リハビリ、トレーニング理論など、
幅広く学び続けてきました。

後に知った事ですが、ゴッドハンド先生も若かりし日に同様の研究会を主宰して、様々な技術、知識を吸収していたようです。


そのような努力の結果、今では自分自身の施術スタイルが確立してきました。

それは先生に4年間教わった技術と理論をベースにしながらも、
まったく異なる、奥川独自のものです。

もしあのまま憧れ続けていたら、
先生の物まねのままで終わっていたと思います。

 

私は思います…

矢沢永吉さんの物まね芸人はたくさんいますが、決して矢沢永吉さんの代わりになる事はありません。

ましてや、矢沢永吉さんを「超える」事は不可能なんです。

 

今にして思えば…なんとなく先生の元で勉強していれば、いつかは先生のようになれると勘違いしていたように思います。

しかし、それは絶対にありえない事なんですね…せいぜいよく出来た物まねなんです。

それが決して悪い事だとは言いませんが、私にはそれでは満足出来なかったのだと思います。


また、先生の元に通い続けている人よりも、
逆に自分の方が先生の事を理解できているとも感じています。

どういう事か?


ある漫画のセリフに

「憧れとは理解から最も遠い感情だ」

という言葉があります。

私はこれに強く共感しています。


日本には「守破離」という考え方があります。

守:まずは教えを守る
破:少しずつ教えを崩す
離:教えから離れ自分自身の道を確立する

この教えは結構知っている人がいますが、実際には多くの人が「守」の段階にとどまり続けてしまいます。

実は結構この「守」と言うのは居心地が良くて、離れる事が出来ません。

なぜなら、自分で道を切り開くのは困難の連続です。

時には「敗北感」や「悔しい思い」も経験する事になります。

更には「危険」も伴います。

なので、自分は頑張っているふりをして結構この「守」から出ない人が多い。

そう、ゴッドハンド先生から離れられなかった頃の私のように…


人はどうやっても他人にはなれません。

だからこそ、進化し続ける為にはある段階からは
「誰かを目指す」のではなく
「自分自身を極める」必要があります。

ここまで読んで「これって整体の話で、私たちには関係無くない?」と思っている方もいらっしゃるかと思いますが

そんな事はありません、実はこれは運動も同じなんです。


当院にはプロのアスリートやアーティストの方々も時折お越しになります。

また、一般の方でも高い目標を持ってスポーツに取り組んでいる方もいらっしゃいます。

そういう方に意外に多いのが、○○さんのような動きが出来るようになりたい、という憧れです。

これは当然ですが、初期の間は持っていて良い…むしろ、モチベーションになるので推奨しますが

ある一定のレベルを超えると足枷以外の何物でもないです。

というのも、運動においては「身体の個体差」があります。

スポーツの結果は「記録」や「勝ち負け」に現れます。

結果を出す為には「誰かの物まね」なんてやってる暇はないのです、自分自身の特性を理解して、自分自身を活かすしかないです。

また、アーティストならば身体表現で誰かを感動させたい、その時に誰かの物まねで十分でしょうか?あなた自身を表現したいなら違いますよね?

そのように運動においても「憧れ」をいつまでも抱き続ける事は足かせになります。


もし今あなたに達成したい目標があって、なかなか成果を出せないのであれば、
その原因の一つとして「憧れ」が足枷になっている可能性はありませんか?

憧れの存在から離れたくない、憧れの存在のそばに居たい気持ちは分かります。

しかし、逆説的ですが憧れ続ける限り、その人を本当に理解することはできません。

これは断言できます。

だって、考えてください…あなたの憧れの存在は他の誰かを憧れていますか?

そう!きっと自分自身の存在だと思います。

だからこそ、憧れの存在は憧れている間は本当には理解出来ない、または追いつく事は出来ません…ましてや追い抜く事など出来ないのです。


あなたが本当に道を究めたいと思うなら、成長を続けたいなら
いずれ「自分自身を極めるしかない」と気づくはずです。

その時に備えて、
今のうちにその足枷を外しておくのも一つの選択かもしれません。

今回の投稿があなたの参考になったのなら幸いです。

最後までご覧いただきまして、誠にありがとうございました。

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