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変わりたいあなたへの参考に!コミュ障だった院長の自分史 第六章 徒手療法への転身

第六章 徒手療法への転身

事故後、会社を辞め、上京して徒手療法の専門学校へ。

実は和歌山にいる時にたまたま参加した東京で行われた「PNF」という技術のセミナーで、その効果と不思議さに魅了され、水泳指導より手に職が就き独立しやすい徒手療法の道を選びました。

 

というのも、水泳指導は楽しくてやりがいがあって、天職とも思っていましたが…

尊敬していた上司である川嶋さんが奥さまの家業を継ぐために退職が決まったり、よくよく考えるとプールが無いと水泳指導は出来ないという事実も長い目で見ると今が人生の岐路かな?と考えさせられました。

 

辞職を希望して、その後に第五章で説明した事故がありましたが…それはむしろ私に「やはり、新しい道に進めと言う事なのか?」と決心させる事になりました。

 

会社を辞めて半年ほど失業保険で生活して、その後はバイトをしてお金を貯めて大体一年後に上京しました。

しかし、学校ではリラクゼーション中心の授業が多く、失望。

会社を辞めてまで上京して、自分より10も20も若い子たちにバイトでこき使われながら、悔しい思いを乗り越え通った学校で学ぶ事がこれなのか?

と酷いショックを受けていました。


とはいえ、自分で選んだ人生なので、絶対に「ものになってやる!」と思って、学校の図書室で暇さえあれば難しい専門書を読んで知識を収集していました。

そんな中、その様子を見ていた学校の顧問でもあった業界で有名なゴッドハンド先生に直接声をかけられました。

「君はいつも図書室で本を読んでいて偉いね」と

その時に私は思いもかけず、ゴッドハンド先生に自分の将来への不安を吐露してしまったのです。

「実は学校では人を良くすると言うよりは、気持ち良ければ良いというリラクゼーションの知識、技術ばかりを習っていて、開業してもやっていけるのか?と毎日不安なんです」と…

 

するとゴッドハンド先生は私を抱きしめて、耳元で

「私の開業者向けの技術セミナーに内緒で参加しなさい!私が君を一人前に育ててあげるよ!」と言ってくれました。

なぜ?耳元でささやいたのかと言うと、ゴッドハンド先生は学校の顧問だったので自分のセミナーに誘う事は引き抜き行為とみなされる危惧があったからです。

そうして、私はゴッドハンド先生の開業者向け技術セミナーに通うことに。

4年間ゴッドハンド先生から直接学び、技術は飛躍的に向上。

接骨院のバイトでは院長より指名を受けるほどになりましたが、その為に院長よりいじめをうけるよういなった事と接骨院の不正な保険申請に嫌気が差し、独立。

その時に私についていたお客さんが応援するから独立してください、と言ってくれたので、最初は中野新橋の小さなアパートでおくがわ整体院を開業しました。

当然其れだけでは生活出来ないのでクイックマッサージやファミレスでバイトをかけもちしながら、その合間に行うチラシ配りで少しずつ顧客を増やしました。

 

一時期は3つの仕事を掛け持ちしていて、平均睡眠時間は3時間でした。

睡眠不足から休みの日には長時間寝てしまったが為に「片頭痛」になる事が多かったです。

忙しい、睡眠時間が無い、身体がしんどい、バイトでこき使われる、となかなかストレスフルな日々を過ごしていました。

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