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  • 体幹トレーニング
姿勢が崩れる本当の原因は「力不足」ではありません

姿勢は「止まる力」ではない ――身体はいつも“先回り”して動いている

私たちは「姿勢が良い」「姿勢が安定している」というと、 じっと動かず、固まっている状態をイメージしがちです。

しかし、近年の運動学・神経科学の研究から見えてきたのは、 姿勢とは止まることではなく、未来に備え続ける動的な仕組みだという考え方です。

人の身体は、動きが起こる前から 「このあと、こう動くだろう」と予測し、 その結果起こりそうなバランスの崩れを事前に防ぐことで安定を保っています。


■ 姿勢制御の基本にある「カウンター(対抗)」という考え方

身体の動きを分析してきた研究者たちは、昔から 「動作には必ず、それを支える対抗的な働きが存在する」 という視点を持っていました。

スイスの運動学者クラインフォーゲルバッハ (Susanne Klein-Vogelbach)は、 運動の安定と効率を支える要素として、次の3つを整理しました。

  • カウンタームーブメント:主運動が広がりすぎないよう、 あらかじめ逆方向の運動を入れることで、動作の大きさ・速度・安定性を制御する仕組み
  • カウンターアクティビティ:主動筋と拮抗筋が協調して関節を安定させる働き
  • カウンターウェイト:重心位置を調整してバランスを保つ仕組み

これらは一見、単なる「力学的な調整」に見えますが、 実は身体がバランスを崩さないための知的な戦略とも言えます。


■ 現代の神経科学が明らかにした「予測姿勢制御(APA)」

近年、神経生理学の研究によって、 姿勢制御にはさらに重要な仕組みがあることが分かってきました。

それが 予測姿勢制御(Anticipatory Postural Adjustments:APA)です。

APAとは、腕を動かす、脚を出すといった随意運動が始まる約100ミリ秒前から、 無意識のうちに体幹の筋肉が先に働き、 これから起こる姿勢の乱れをあらかじめ相殺しておく仕組みを指します。

たとえば、立った状態で腕を前に伸ばすと、 その反動で身体は前に倒れやすくなります。

しかし実際には、多くの人が倒れません。 それは、腕を動かす前に、身体が「倒れそうになる未来」を予測し、 体幹を中心に姿勢を支える準備を済ませているからです。


■ 体幹深層筋制御理論:見えない筋肉が姿勢を支えている

APAで特に重要とされるのが、 体幹深層筋と呼ばれる筋群です。

代表的なものに、腹横筋(Transversus Abdominis)や 多裂筋(Multifidus)があります。

これらの筋肉は、大きな動きを生み出す筋ではなく、 背骨や骨盤を内側から静かに支える役割を持っています。

研究では、慢性的な腰痛を持つ人では、 腕や脚を動かす際の体幹深層筋の事前収縮が遅れることが報告されています。

つまり、問題は「筋力が弱い」ことよりも、 動く前に働くはずの制御がうまく起動しない点にある可能性が高いのです。


■ 発達の視点から見ても「体幹が先、手足は後」

この考え方は、赤ちゃんの運動発達を見るとよく分かります。

赤ちゃんは最初から手足を器用に使えるわけではありません。

寝返り、座位、立位と、 体幹の安定を少しずつ獲得してから、 手足の細かな動きが発達していきます。

これは 「体幹の安定が、手足の自由な動きを可能にする」 という原則(proximal stability for distal mobility)を、 発達の過程そのものが証明していると言えます。


■ カウンターアクティビティはAPAの土台なのか

ここで、ひとつの見方が浮かび上がります。

クラインフォーゲルバッハが示した カウンターアクティビティ(筋の協調)は、 現代的に見れば、APAを成立させる基盤なのではないか、という視点です。

体幹の深層で安定が先に確保されるからこそ、 カウンタームーブメントや重心調整が 無理なく、効率的に機能する

姿勢制御は、 「動いてから支える」のではなく 「支える準備をしてから動く」 仕組みなのかもしれません。


■ 日常・運動・トレーニングへのヒント

この視点は、日常動作やトレーニングの考え方も変えてくれます。

  • 体幹トレーニングとは、筋肉を固めることではなく 動く前に姿勢を整える能力を育てること
  • パフォーマンス向上では、 大きな動作より事前の安定化が鍵になる
  • 不安定感や痛みは、 予測姿勢制御がうまく働いていないサインかもしれない

姿勢とは、今この瞬間を保つ力ではなく、 少し先の未来に備え続ける能力

そう考えると、身体の見方が少し変わってくるのではないでしょうか。




姿勢や動きが不安定になる原因は、 筋力不足でも、気合いの問題でもありません。

多くの場合それは、 「動く前に身体を整える力(予測姿勢制御・APA)」が うまく働いていないだけです。

おくがわ整体院のパーソナルトレーニングで行っている 体幹トレーニングとボディワークは、 このAPAの機能が低下している方を主な対象としています。

特徴的なのは、エクササイズの順序を 「鍛える順番」ではなく、 乳児の発育発達過程に沿って構成していること。

寝返り、座位、立位へと進むあの流れは、 偶然ではありません。

それは、人の脳と身体が最も覚えやすく、最も混乱しにくい順番として 遺伝子レベルで組み込まれた運動学習の設計図だからです。

無理に頑張らせない。 形だけを真似させない。

それでも、なぜか身体が安定し、 動きやすくなっていく。

もし今、 「鍛えているのに安定しない」 「意識しているのに崩れてしまう」 そんな感覚があるなら、

それは身体が“もう一度、正しい順番で学び直したがっているサイン” なのかもしれません。

ご自身の身体が、今どの段階にあるのか。 どこでつまずいているのか。

それを整理するだけでも、 きっと大きなヒントが見つかるはずです。


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