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肩関節は「動けば良い」というものじゃない
肩関節は「一つの関節」で動いているわけではない
一般的に「肩関節」と聞くと、多くの方は腕の付け根にある関節をイメージすると思います。
解剖学的にも、狭義の肩関節とは、上腕骨頭と肩甲骨の関節窩によって構成される「肩甲上腕関節」を指します。
しかし、私たちが実際に腕を上げたり、物を取ったり、投げたりするときには、肩甲上腕関節だけが単独で動いているわけではありません。
広義の肩関節、あるいは「肩複合体」として考える場合
・肩甲上腕関節
・肩甲胸郭関節
・第二肩関節
・肩鎖関節
・胸鎖関節
など、複数の関節・機能的関節が関与しています。
*肩関節複合体について詳しく知りたい方は以下の奥川の専門家向けサイトを確認推奨します。
https://ameblo.jp/totalconditioning/theme-10082158923.html
そして重要なのは、これらがそれぞれバラバラに動いているのではなく、互いの動きを補い合いながら、一つの運動として協調しているということです。
たとえば腕を頭上まで挙げるという、一見すると単純な動作を考えてみましょう。
当然、肩甲上腕関節では上腕骨が挙上していきます。しかし同時に、肩甲骨は胸郭上を移動し、上方回旋や後傾、外旋などを伴います。また、それに合わせて肩鎖関節や胸鎖関節でも運動が起こります。
「肩甲上腕関節が何度動くか?」という個々の関節可動域だけでは、実際の肩の機能を十分に評価することはできません。
どの関節が、どのタイミングで、どの程度動き、それらがどのように組み合わされているのか。
この「協調性」を見ることが非常に重要になります。
肩の動きは「肩だけ」で完結していない
さらに近年のリハビリテーションや運動療法では、肩関節だけでなく、胸郭や脊柱を含めた体幹との協調性が非常に重要視されています。
上肢帯は体幹から独立して存在しているわけではありません。肩甲骨は胸郭の上に位置し、鎖骨を介して胸骨と連結されています。
そのため、腕を動かしたときには上腕骨だけでなく、肩甲骨、鎖骨、胸郭、そして脊柱にも連続的な運動が生じます。
言い換えるなら、「腕を動かす」という運動は、実際には体幹から上肢まで続く一つの運動連鎖として起こっていると考えることができます。
痛みのある肩を、いきなり動かす必要はない
たとえば肩甲上腕関節の自動運動によって痛みが出るケースを考えてみます。
このような場合、患部を改善しようとして「肩が痛いのだから肩を動かそう」と考えてしまいがちです。
しかし、炎症や組織損傷などが疑われる時期に、痛みを伴う肩甲上腕関節の自動運動を繰り返すことが、必ずしも適切とは限りません。
そこで一つの考え方として、肩甲上腕関節そのものに積極的な負荷をかけることを一時的に控えながら、体幹や胸郭側から上肢帯の運動を再構築していく方法があります。
・腕を動かしたときに胸郭は適切に動いているか?
・脊柱の運動と肩甲骨の運動が連動しているか?
・肋骨の動きが過度に制限されていないか?
・肩甲骨だけが必要以上に動いて代償していないか?
肩甲上腕関節そのものを大きく動かさなくても、本来その運動とカップリングして起こるはずの体幹側の運動を評価し、必要に応じて改善していくことは可能です。これは患部への直接的なストレスを抑えながら行えるという意味でも、リハビリテーション初期の選択肢になり得ます。
腕を前から挙げると、胸郭では何が起こるのか?
ここで、上肢を前方から頭上へ屈曲挙上する動作を考えてみましょう。当然ながら、肩甲上腕関節では屈曲運動が起こります。しかし、それだけではありません。
挙上の比較的早い段階では、上肢が前方へ移動していくことに伴い、胸郭・脊柱側にも運動が生じ、肩甲骨は胸郭上を外転方向へ移動します。
そこからさらに挙上が進み、腕が頭上へ近づいていくにつれて、胸椎を中心とした伸展運動が重要になり、それに伴って肩甲骨の位置関係も変化していきます。
この関係は常に一定ではなく、挙上角度や運動局面によって変化していきます。単純に「肩甲上腕関節の屈曲可動域が180度あるか?」だけを見ても、その人が機能的に良好な上肢挙上を行えているかどうかは判断できません。
*肩関節複合体の「運動連鎖」についてまとめた当院のblog
https://www.okugawaseitai.com/blog_detail?actual_object_id=558
胸郭は単純に「丸くなる・反る」だけではない
さらに重要なのが、胸郭の運動を単純な屈曲・伸展だけで捉えないことです。
上肢を頭上へ挙上していく際には、胸椎が単純に後ろへ反ればよいわけではありません。脊柱全体が頭頂方向へ伸びていくような、いわゆるエロンゲーションが必要になります。
関節運動学的な表現を使えば、垂直方向への伸展を伴いながら、胸郭全体が立体的に形を変えていくイメージです。
ここで忘れてはいけないのが「肋骨」です。胸郭は胸椎だけで構成されているわけではありません。胸椎、肋骨、胸骨によって立体的な構造を形成しており、それぞれの肋骨には肋骨頭関節や肋横突関節、胸肋関節などを介した微細な運動があります。
したがって、上肢挙上時の胸郭運動を考える際には、胸椎が伸展できるかどうかだけではなく、肋骨一つひとつのモビリティを含め、胸郭全体が立体的に拡張・変形できるかという視点も重要になります。
「肩が硬い」=肩関節が硬い、とは限らない
ここまで考えると、「肩が硬い」という表現自体が非常に曖昧であることが分かります。
上肢挙上が十分にできない人がいたとしても、その原因が必ず肩甲上腕関節にあるとは限りません。
肩甲上腕関節そのものの可動性に問題がある場合もあれば、肩甲骨の上方回旋や後傾が不足しているかもしれない。胸鎖関節や肩鎖関節の運動が不足しているかもしれない。胸椎の伸展が不足しているかもしれない。肋骨のモビリティが低下しているかもしれない。
あるいは、それぞれの関節には十分な可動性があるにもかかわらず、それらを適切なタイミングで組み合わせる運動制御そのものに問題がある可能性もあります。
「動くことができる」ことと「適切に動かせる」ことは同じではありません。
肩を見るなら「肩だけ」を見ない
肩関節は人体の中でも非常に大きな自由度を持つ領域です。その大きな自由度を実現しているのは、肩甲上腕関節だけではありません。
肩甲骨、鎖骨、胸郭、脊柱、肋骨など、多数の構造が協調することで、私たちは腕を自由に動かすことができます。
だからこそ、肩関節の機能を考える際には、「どの関節が硬いのか」という局所的な視点だけではなく、「複数の関節がどのような順序とタイミングで協調しているのか」を見る必要があります。
特に肩に障害がある場合には、痛みのある肩甲上腕関節だけを無理に動かすのではなく、胸郭や脊柱、肩甲帯を含めた運動連鎖を評価し、安全に動かせる領域から協調性を再構築していく。この「局所ではなくシステムとして見る」という視点は非常に重要です。
「柔らかければ柔らかいほど良い」わけでもない
そして、もう一つ注意したいのが「肩は柔らかければ柔らかいほど良い」という考え方です。
SNSやネット記事では、肩関節の柔軟性を示すものとして「背中で左右の手を組む」「背中で手のひらを合わせて合掌する」といった動作が紹介されることがあります。
しかし、こうした大きな可動域は、すべての人に必要な能力ではありません。むしろ整形外科・スポーツ医学領域で行われる関節弛緩性の評価では、背中で左右の手を組めるかどうかを、肩関節周囲の「弛緩性」、つまり関節が緩い傾向にないかを見る一つの指標として用いる評価法もあります。
もちろん、できること自体が悪いわけではありません。
問題なのは、それをあたかも「できる=健康」「できない=身体が硬い」「できるようになるまでストレッチした方が良い」という普遍的な健康指標のように扱ってしまうことです。
これは、ネット上でよく見かける「立つときや歩くときは、つま先を正面に向けるのが正しい」という情報にも似ています。
大腿骨の前捻角や脛骨の捻転など、人間の骨格には個人差があります。そのため、解剖学的には「すべての人がつま先を正面に向けるべき」とは言えません。むしろ、その人の骨格によっては、つま先がある程度外側を向いている方が自然な場合もあります。
ところがSNSでは、こうした個人差が省略され、「これができれば健康」「この姿勢が正しい」という分かりやすい情報ほど広まりやすい傾向があります。
その動きが出来ても、
・身体の協調性を欠いている
・一部分に負担が掛かっている
・構造的に無理がある
ならば、長期的な健康を考えるとどうなんでしょうか?
もちろん、アスリートやパフォーマーの中には、無理をしてでも一定期間内に能力を獲得する必要がある人もいます。例えば、一週間後の試合やショーで結果を出さなくてはいけない、といったケースです。
しかし一般の方で、「日常生活を快適に過ごしたい」「スポーツのパフォーマンスを向上したい」という方は、そんな無理をする必要はないと思います。
むしろ焦らずじっくり、「自分の身体を聞く」。そういうコンディショニングが、短期的にも長期的にも良いと考えています。
実際、おくがわ整体院には毎年、こうしたネット上の情報を信じてストレッチや姿勢、歩き方などを自己流で修正し、かえって身体を痛めてしまった方が訪れます。私は、そうした方々はある意味「被害者」と言ってもよいと思っています。
SNSインフルエンサーを含め、ネット上の情報発信には商品やサービスの販売だけでなく、再生数やフォロワー、認知度など「アテンションを集める」という目的が含まれている場合があります。
もちろん無料でも有益な情報はたくさんありますが、無料の健康情報を見るときほど、「なぜこの情報が発信されているのか」「本当にすべての人に当てはまるのか」という視点を持つことが大切です。
肩関節についても、「どこまで動くか」だけで健康状態を判断することはできません。
大切なのは、必要以上の可動域を獲得することではなく、その人に必要な可動性があり、それを肩甲骨・鎖骨・胸郭・脊柱などと協調させながら適切にコントロールできることです。
つまり肩を見るときに重要なのは、単純な「硬い・柔らかい」ではなく、可動性と安定性、そして身体全体との協調性なのです。





