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こんにちは、奥川です。
今日は、
先日とても印象に残った出来事と、
そこから改めて考えさせられた「仕事との向き合い方」について、
少しお話ししてみようと思います。
先日、
当院のお客様で 群馬交響楽団 ヴィオラ主席奏者の池田美代子さま の
演奏会を聴きに、群馬県高崎市にある
高崎芸術劇場まで足を運んできました。
池田さまのオーケストラでの演奏は、これまでも何度か拝見していたのですが、
今回はソロのパートが多いプログラムと伺い、
「これはぜひ生で聴いておきたい」と思い、会場へ向かいました。
池田さまが当院にお越しくださるようになって、
気がつけばもう10年近くになるでしょうか。
もともとは、トロンボーン奏者である旦那さまのご紹介で
ご来院くださったのがきっかけでした。
ちなみに、
旦那さま・池田さまお二人とも、
当院ホームページに推薦文を寄稿してくださっていますので、
ご興味のある方はぜひご覧になってみてください。
https://www.okugawaseitai.com/trainer
高崎芸術劇場は、私自身今回が初めてだったのですが、
想像以上に立派で、そしてとても心地よい空間でした。
館内はゆったりとした造りで、
休憩時間にはコーヒーやジュース、ワインなどを楽しみながら、
高崎の街並みを静かに眺めることができます。
演奏については、
私は音楽の専門家ではないので詳しいことは分かりませんが、
池田さまのソロはもちろん、
オーケストラ全体の響きも本当に素晴らしく、
最近なにかと慌ただしかった日常の中で、
久しぶりに「ゆっくりとした穏やかな時間」を過ごせた気がしました。
池田さま、
とても素敵な機会を本当にありがとうございました。
さて、実はこの演奏会の少し前、
池田さまが当院に施術でお越しくださった際に、
偶然ではありますが、新しい技術が一つまとまる出来事がありました。
こういう話をすると、
「えっ? 自分で技術を考えることなんてできるんですか?」
と驚かれることもあるのですが、
正直に言えば、できない方が不思議だと私は思っています。
もちろん、最低限の解剖学的な知識は必要ですが、
技術は「教わるもの」だけではなく、
積み重ねの中で自然と“育っていくもの”だと感じています。
その日の施術中、
ちょうどそんな話題になりました。
ヴィオラの弦は、ギターと違ってフレットがありません。
(実は私、ギターを少しだけ弾きます)
ギターしか弾けない私からすると、
「フレットがないのに、どうやって正確な音の場所が分かるんだろう?」
と、素朴な疑問が湧いてきます。
そこで池田さまに、
「演奏しているとき、音の場所って感覚で分かるものなんですか?」
と尋ねてみました。
すると、
「当たり前じゃないですか(笑)
ずっとやってるんですから(笑)」
と、少し笑いながら答えてくださいました。
その言葉を聞いたとき、
私は思わずこうお話ししました。
「実は僕たち施術家も、指の感覚が育ってくると、筋膜のつながりや、
今触っている場所が緩むことで別の場所まで変化していくのが、
触っているだけで分かるようになってくるんです」
すると池田さまは、
「それ、まったく同じですね(笑)」
と、とても納得されたご様子でした。
こうした“手の感覚”が育ってくると、
演奏家が自分で曲を作れるようになるのと同じように、
施術家もまた、自分自身で技術を生み出せるようになるのだと、
私は考えています。
もちろん!感覚だけでなく、ビフォー&アフターなど動きの変化も評価して、新しい技術として採用しますので安心してくださいね!
池田さまとのやり取りを通して、私はもう一つ、昔の出来事を思い出していました。
それは、私がセミナー講師の仕事を始めたばかりの頃のことです。(約15年前)
セミナー講師という仕事は、
同業者に対して知識や技術を伝える立場になります。
当然のことですが、
受講生の中には、
-
自分よりキャリアが長い方
-
経験豊富な方
-
明らかに技術力の高い方
がいらっしゃることも少なくありません。
そんな方々を前にして、
セミナーが終わった後、ふとこんな気持ちになることがありました。
「俺なんて、人に教える資格があるんだろうか…」
正直、
何度も心が折れそうになりました。
ここで、人は大きく二つに分かれると思います。
-
「もっと勉強して、もっと成長しよう」と踏みとどまる人
-
「自分には無理だ」と、その場を離れてしまう人
私は幸いにも、
前者のタイプだったようです。
「負けてたまるか」と思い、
専門書を読み漁り、
休みの日には有名な先生のセミナーに足を運び、
とにかく必死でした。
ただ、そんな生活を続けているうちに、
次第に疲れも溜まってきます。
誰かより秀でる為に勉強をするには当然お金も時間も精神力も使います。
「いつまで、こんな勉強を続けるんだろう…」
「今知らないことを学んでも、いつか
また次の“知らないこと”が出てくる…」
気がつけば、
終わりの見えない道を走り続けてるような感覚になっていました。
そんな時、
私にとって大きな転機となるセミナーに参加する機会がありました。
当時、私たちの世代で
「日本三大理学療法士」と呼ばれていた、
-
福井 勉 先生
-
山口 光圀 先生
-
入谷 誠 先生
の三名が一堂に会する、非常に贅沢なセミナーです。
その中で、
入谷先生の講義中、質疑応答の時間がありました。
ある受講生が、こんな質問をしたのです。
「理学療法士として、一人前と言われるには、どこまで勉強すればいいのでしょうか?」
私自身がまさに悩んでいたことでした。
「解剖学か? 生理学か? 神経科学か? どこまで学べば“一人前”なんだろう?」
固唾を飲んで、
入谷先生の答えを待ちました。
すると、返ってきた答えは、
想像していたものとはまったく違いました。
「君ね、どこまで、なんて考えるからダメなんだよ(笑)」
「どこまで勉強する、じゃない。どこまでも勉強するんだよ(笑)」
「いつまでじゃなくて、いつまでも勉強するって考えるんだよ(笑)」
会場は、一瞬きょとんとした空気になりました。
そして間髪入れずに、
入谷先生はこう続けました。
「私はね、3か月前と同じ施術をしていると感じたら、
ああ、私は進歩していないんだな、と思うようにしているんだよ(笑)」
正直、その場では
「なるほど!」と完全に腑に落ちた人は、
多くなかったと思います。
私自身も、すぐに理解できたわけではありません。
ですが、会場を後にして帰る道すがら、
ふと、昔あるセミナー講師の大先輩に言われた言葉を思い出しました。
「奥川くん、知識がある・ないなんて、大したことじゃないよ」
「知識の差なんてね、早く知った人と、遅く知った人の差みたいなものだよ」
その瞬間、すべてが一本につながった気がしました。
「そうか…この先も学び続けるつもりなら、今知らないことも、
いずれ必ず学ぶことになる」
「だったら、知識の有る、無しは、知るのが早いか遅いかの違いでしかないんだ」
それまでの私は、
マラソンでよく言われる
「次の電柱まで頑張ろう」を繰り返すような、そんな勉強の仕方をしていました。
解剖学を学び終えたと思ったら、次は脳科学。
またその先には、別の学びが待っている。
「いつまで続くんだろう…」
そう思いながら走っていたのです。
でも、違いました。
仕事というのは、そもそもゴールの見えないものなのだと気づいたのです。
ゴールがあると思うから、苦しくなる。
「終わりはない」
そう腹をくくれたとき「明らめた」時に不思議と気持ちが楽になりました。
「だったら、無理せず、自分のペースで、走り続けた人が勝つんだ」
そう思えるようになったのです。
これが、
入谷先生の言葉
「どこまでも、いつまでも勉強するんだ」
の、本当の意味だったのだと、今では感じています。
話は少し戻りますが、池田さまの演奏会直前の施術で、新しい技術が形になったとき、
私は思わず声に出してしまいました。
「やったー!これで今週1週間は、飯が美味い!」
もちろん、池田さまは笑ってくださいました。
入谷先生の
「3か月前と同じ施術をしていたら、進歩していない」
という言葉は、私にとっては努力の指標であると同時に、
仕事を楽しむための一つの工夫でもあります。
同じことを繰り返すだけでは、仕事は作業になってしまいますからね。
このような考えで、私は今日も、学び続け、技術を磨き続けています。





